高松高等裁判所 平成10年(ラ)46号 決定 1999年3月12日
抗告人
甲野春子
同
甲野一郎
右両名代理人弁護士
荻原統一
相手方
乙川花子
右代理人弁護士
城後慎也
主文
一 原審判を取り消す。
二 相手方の申立を却下する。
三 手続費用は、原審及び当番を通じて相手方の負担とする。
理 由
一 抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書記載のとおりであるからこれを引用する。
二 当裁判所の判断
1 甲野太郎(以下「太郎」という。)が死亡するまでの相手方と太郎との生活関係については、本件記録に顕れた資料によって次のとおり補正するほかは、原審判の「理由」欄(一)(1) ないし(15)(原審判六頁九行目の冒頭から同一七頁四行目の末尾まで) に記載のとおりであるからこれを引用する。
(一) 原審判一五頁二行目の「申立人は」の前に、「太郎が死亡した平成九年一月一九日、相手方は、しばらく前から風邪をひいて体調を崩し、熱があったため、午後になってから病院を訪れたところ、太郎は既に自宅に搬送されており、相手方が太郎の死亡時に立ち会うことはできなかった。」を、同頁四行目の末尾に「しかし、体調を崩していた相手方は目立たないようにしており、早めに退出した。」を、それぞれ加える。
(二) 同一七頁一行目の末尾に「しかし、その後弁護士に相談し、右の提案を撤回した。」を加える。
2 右に引用の認定事実に基き、当裁判所も、相手方と太郎の間に内縁関係が成立したものと判断するが、その理由は、次のとおり補正するほかは、原審判の「理由」概4(二)(原審判一七頁六行目の冒頭から同二一頁四行目の末尾まで) に記載のとおりであるからこれを引用する。
(一) 原審判一八頁七行目の「申立人に依存しきっており」を「日常生活の身の回りのことについては相手方に依存し」と改める。
(二) 同一九頁二行目の末尾に次のとおり加える。
「相手方の日記には、太郎の言動に対する不快感や怒りが記載されているが、太郎に入籍を拒まれた相手方としては将来に対する不安を抱いていたことが窺われ、その不安といらだちが日記の記載になったことと解されるのであって、日記の記載によって相手方の結婚の意思が否定されるものとは解されない。」
(三) 同頁八行目の「自然である」から同頁一一行目の「考えられる。)。」までを「自然である。ことに秋子が入院した後は、子育てと会社の仕事に忙しい抗告人春子ではなく、太郎は相手方との会話や食事等の日常生活にくつろぎと安らぎを得ていたものと推認され、太郎の療養生活における相手方の貢献は、生活費を得るための労働といったものではなく、それなりの相互の愛情に基いたものであって、太郎との関係を単なる家政婦とか愛人関係にとどまるものと評価するのは相当ではない。」と改める。
(四) 同二一頁四行目の末尾に改行して次のとおり加える。
「抗告人らは、相手方を太郎の愛人の一人にすぎない、として縷々主張するが、実母である秋子以外に太郎に実質的な妻が存在することが子として不快であるとの心情は理解できるとしても、太郎の葬儀の際に、相手方は親族と一緒に焼香し、県外から参列した親族に抗告人春子は太郎の療養看護について相手方の貢献を説明したこと、調停係属中に抗告人春子が金銭の支払を申し出たこと等の各事実からすれば、抗告人春子は、少なくとも太郎の療養看護については相手方の世話になったとの意識があり、葬儀という一般の人も参列する場で一応相手方を太郎の家族と同様に扱ったことが認められるのであって、相手方と太郎との関係を夫婦に近いものとして認識していたものと解される。」
3 ところで、相手方の申立ては、内縁関係にある当事者(以下「内縁夫婦」という。)の一方が死亡することによって内縁関係が消滅した場合に、婚姻届をした法律上の夫婦(以下「法律上の夫婦」という。)の離婚に伴う財産分与の規定を準用ないし類推適用できることを理由とするので、この点について検討する。
(一) 現行法は、法律上の夫婦間の財産関係の処理につき、離婚による婚姻解消の場合には財産分与によってその処理を行い、一方当事者の死亡による婚姻解消の場合には相続によってその処理を行っている。
すなわち、現行法は、法律上の夫婦が離婚により婚姻を解消した場合には、実質的共有財産の清算や離婚後扶養の点を含めて家事審判等の非訟事件手続に基づき、財産分与として処理する制度を設けた。これに対し、法律上の夫婦が死別した場合には、現行法は、生存配偶者が死亡配偶者の相続人に対して財産分与を求めることを許容していない。現行法は、生存配偶者の相続財産に対する寄与分制度やこれに伴う具体的な遺産分割方法により、実質的共有財産の清算の点を考慮する途を設けているのであって、遺産分割手続と同時並行的に財産分与手続を行うことを想定していない。
(二) 以上の見地に立ってみると、内縁夫婦の生存中における内縁関係の消滅の場合は、法律上の夫婦の離婚による婚姻解消と法的観点からみて同視できるから、財産分与の規定を準用ないし類推適用することにより、内縁夫婦間の実質的共有財産の清算をすることが許容される。そして、その場合、法律上の夫婦の場合と同様に、内縁関係解消後の扶養、慰謝料の点をも考慮して財産分与を命ずることができるものというべきである。
しかし、これは、内縁夫婦の生存中における内縁関係の解消は、法律上の夫婦の離婚による婚姻解消と法的観点からみて同視できることに基づく。これに対し、内縁夫婦の一方が死亡することによって内縁関係が消滅した場合は、法律上の夫婦の一方当事者の死亡による婚姻解消と同視すべき場合にほかならず、これをもって法律上の夫婦の離婚による婚姻解消と同視することはできない。そうであるから、この場合に財産分与の規定を準用ないし類推適用すべき根拠があるとはいえない。そして、この場合には、死亡内縁配偶者の相続が開始するが、後示のとおり、生存内縁配偶者には相続権はなく、特別縁故者として一定の場合に限り相続財産を取得する余地があるにすぎない。
(三) まず、内縁関係にも可能な限り、法律上の夫婦と同様の保護を与えるべきであるとしても、婚姻届が行われていない以上、相続する地位を認めることはできない。すなわち、生存内縁配偶者は民法八九〇条所定の「配偶者」に当たらず、現行法は、生存内縁配偶者には死亡内縁配偶者に対する相続権を認めていないというほかない。ただ、生存内縁配偶者は、法定相続人があることが明らかでない場合に、民法九五八条の三第一項所定の特別縁故者として、一定の要件のもとで相続財産の分与を受けたり、借地借家法三六条により居住用建物賃借権を取得したりする地位にあるにすぎない。
そして、民法八九〇条、九五八条の三、借地借家法三六条の規定の趣旨に照らし、現行法は、内縁関係の保護内容を、法定相続人の相続権と抵触しない限度にとどめたものというべきである。そうであるから、内縁夫婦間において婚姻届が行われていない以上、生存内縁配偶者に対し相続財産の全部ないし一部に対する清算手続に相当する財産分与を認めるべきではない。
(四) なお、生存内縁配偶者が特有財産を有していたり、死亡内縁配偶者に対して慰謝料請求権を有しているなど私法上の請求権が認められる場合には、生存内縁配偶者はこれらに関する私法上の権利行使をすることができる。そうであるから、内縁夫婦の一方が死亡することによって内縁関係が消滅した場合に、生存内縁配偶者は財産分与手続によらずにこれらの私法上の権利行使をすることができる。
確かに、生存内縁配偶者に死亡内縁配偶者の相続人に対する財産分与を認めなければ、生存内縁配偶者は内縁関係において生じた実質的夫婦共有財産を非訟事件手続によって取得することができないという不利益を被ることは否定できない。
しかし、前示のとおり、民法等の関連法令は相続関係における内縁夫婦の保護内容を法定相続人の相続権と抵触しない限度にとどめたものであるから、このような事態を法は容認しているといわざるを得ない。
それのみならず、死亡内縁配偶者は、遺言ないし贈与(生前あるいは死因)により、その名義に属する財産につき生存内縁配偶者に所有権等の権利を帰属させることができるのである。そうであるのに、死亡内縁配偶者が遺言ないし贈与をすることもなく死亡した以上、たとえ実質的共有財産が相続財産に帰属し、法定相続人がこれを取得することになったとしても、これは婚姻届を行い法律上の夫婦となる途を選択しなかったことによって生じたやむを得ない事態であるというべきである。
なお、内縁関係が一方当事者の死亡によって終了した以上、その性質上一身専属的な義務である離婚後の扶養義務が死亡内縁配偶者の相続人に承継されるものとみる余地はない。そうであるから、本件において、離婚後の扶養の必要性を根拠として財産分与請求を認めることはできない。
(五) 以上判示したところを考え併せると、内縁夫婦の一方が死亡することによって内縁関係が消滅した場合に、法律上の夫婦の離婚に伴う財産分与の規定を準用ないし類推適用することはできない。
4 以上によれば、相手方の申立ではその余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 結論
よって、相手方に対する金銭の給付を認めた原審判は相当ではないから、これを取り消し、相手方の申立を却下することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 杉江佳治 裁判官 重吉理美)